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ウィリー・アップショーWillie Upshaw , 1957年4月27日 - )はアメリカ合衆国テキサス州出身の元プロ野球選手。からにかけて福岡ダイエーホークスに在籍した。

経歴



トロント・ブルージェイズの主力打者として活躍をした。同じ時期のブルージェイズの一塁手および指名打者には、後にメジャーリーグ本塁打王となったセシル・フィルダーおよびフレッド・マグリフがいた。マグリフの台頭により、アップショーはクリーブランド・インディアンス→ダイエーと移籍した。また、この2選手がいたため、左投手の時しか試合に出ることができなかったフィルダーは阪神タイガースに移籍後、その才能を開花した。ダイエー誕生1年目の主砲として、メジャーリーグで2年連続20本塁打を放った実績を買われて1989年に入団。この時は阪神もアップショーの獲得に動いていて、契約に至るまでこの2球団で激しい綱引きがあった。

  1. まずダイエー側が年俸(日本円にして)1億円を提示。
  2. ダイエー入団で固まりつつあったが、翻意させるため阪神側が2億円を提示。
  3. 阪神が2億円を提示したことで阪神入団が内定した(関西のスポーツ新聞でもそう書かれた)。
  4. だが急転直下、ダイエーが年俸4億円を提示し、ダイエー入団が決まった。

* 当時就任したばかりの中内功オーナーは「口は出さないがカネは出す」と豪語していた。

1年目に33本塁打を放ってチームに貢献したが、2年目に極度の不振に陥り、二軍降格を命ぜられるもそれを拒否したため、シーズン途中に解雇された。

現在はサンフランシスコ・ジャイアンツのコーチを務める。

エピソード


  • 1989年、対日本ハム戦(東京ドーム)にて、西村基史からの背中への死球に激高し、外野まで西村を走って追いかけ捕まえるなどの大乱闘となった。その際、日本ハムの若菜嘉晴とダイエーのトニー・バナザードが乱闘を他所に、何故か殴り合いしており、珍プレー・好プレーでナレーターを務めていたみのもんたがそのシーンを見て「若菜だバカだなホントに全く」と発した。この試合でアップショーは暴力行為により退場処分となったが、その後交代した日本ハムの金沢次男がダイエーの藤本博史にインコースの球を投げたことに激怒、相手捕手の田村藤夫に詰め寄り二度目の乱闘となった。しかし退場処分を受けたはずのアップショーが何故かグラウンドに出ている姿がテレビに映っていた。

年度別打撃成績


TOR









CLE

ダイエー

MLB:10年
NPB:2年

背番号


  • 7(1989年 - 1990年)

外部リンク



1957年生
存命人物
アメリカ合衆国の野球選手
アフリカ系アメリカ人の野球選手
トロント・ブルージェイズの選手
クリーブランド・インディアンスの選手
福岡ソフトバンクホークス及びその前身球団の選手
野球指導者
テキサス州の人物



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』